高良健吾の兄や転勤族の父親との関わりから生い立ちや性格に迫る

高良健吾(こうらけんご)さんが、8月12日放送のNHK特集ドラマ「手塚治虫の戦争」で主演を務められます。

今も根強い人気の手塚治虫(てづかおさむ)を演じられるとあって、楽しみにしているファンの方も多いでしょう。

現在、Huluオリジナルドラマ「八神瑛子-上野中央署 組織犯罪対策課-」にも出演中。

高良健吾さんは様々な役を幅広く演じられ、演技力も高く評価されています。

過去にはNHK朝ドラに2作「おひさま」(2011年)、「べっぴん」(2016年)にも出演。

高良健吾さんの格好良さが際立っていて、とても話題となっていました。

そんな高良健吾さんが育った背景には、素敵な家族の存在があったようです。

この記事では、高良健吾さんの家族構成や兄とのエピソードなどを詳しく調べてみました。




高良健吾の家族構成

高良健吾(こうらけんご)さんの家族構成は、父親と母親、兄の4人家族です。

年齢は現在38歳。

兄は2歳上なので、現在40歳くらいではないでしょうか。

両親の年齢や顔写真は公表されていません。

しかし、同級生が語るお話(ネット記事「カナロコ」2016年12月6日付)では、お母さんは俳優の鈴木杏樹(すずきあんじゅ)似の綺麗な方だったと情報がありました。

高良健吾さんは、お母さん似なのかもしれませんね。

熊本で生まれましたが、父親の仕事の関係で引っ越しを転々としました。

イケメンなので、きっといつも話題の転校生だったのでしょう。

母親は専業主婦でした。

家族を支えた、優しい母親なのでないかと想像してしまいますね。

高良健吾の兄とのエピソード①:幼い頃の蝉事件?

高良健吾(こうらけんご)さんと兄は幼い頃によく蝉捕りをしていたそうです。

夢中になって20匹以上捕まえたこともあったようです。

そして、びっくりなのが、自宅のリビングにそれを放してしまいました。

20匹の蝉が自宅に放たれた光景を想像しただけでも、ぞっとしますね。

蝉が1匹、外にいるだけでも、けっこう鳴き声が響きます。

外で聞くといい音色だなぁと思いますが、自宅の中ですから、とんでもない大きな鳴き声だったのではないでしょうか。

きっと、その後、母親にすごく怒られたかもしれませんね。

家の中は大変だったことでしょう。

その後、どうやって蝉を外に出したのか気になりますが、情報はありませんでした。

高良健吾の兄とのエピソード②:大人になってもセミ取り

高良健吾(こうらけんご)さんと兄は、大人になってからも蝉取りをしていました。

なぜわかったのかというと、高良健吾さんの公式アメブロ(2008年9月14日付)にそのことが綴られていたからです。

大人になってからも仲の良い兄弟で、いいですね。

2人で昔を懐かしみながら捕まえたのかもしれません。

高良健吾さんは1987年11月12日生まれなので、この時は20歳。

兄は2歳上なので、この時兄は22歳くらいだと思います。

でも、捕まえ方がさすが豪快でした。

この時は網がなく、蝉を手で捕まえたようです。

子供の頃から網がない時は素手で捕まえてたみたいです。

すごいですよね。

本当に蝉とりが好きで、幼い頃から楽しんでいたことがわかりますね。

高良健吾の兄とのエピソード③:船乗りの仕事

高良健吾(こうらけんご)さんは、兄が福岡県の博多で船を操縦するお仕事をしていると婦人公論(2019年4月15日付)の対談記事で語っています。

船を操縦しているとは、びっくりでした。

かっこいいお仕事をしているのですね。

高良健吾さんが兄のことを語るのは珍しいので、貴重な情報でした。

博多といえば、博多区にある博多港が、船が行きかう場所として有名ですよね。

観光クルーズ船や、島と本土を結ぶフェリーなどが運航されています。

調べてみると、九州郵船という船の会社がありました。

これは想像ですが、このような船の会社で働いているのかもしれません。

博多港に行ったらフェリーに乗って高良健吾さんの兄を探してみたいファンの方も多いでしょう。


高良健吾の父親の職業は旅行会社?噂を検証!

高良健吾(こうらけんご)さんの父親の職業は、旅行会社でした。

仕事柄転勤が多く、それに伴って家族も一緒に引っ越しを何度もしていたそうです。

高良健吾さんが2歳の時、福岡県北九州市に引っ越し、その後も福岡市など九州内を転々としました。

九州にある旅行会社は調べてみると、大手だと3つあります。

阪急交通社と西鉄旅行、九州産交ツーリズムなどです。

高良健吾さんの父親は九州内で転勤が多かったことを考えると、九州にある旅行会社で勤務されていた可能性が高そうです。

高良健吾さんが22歳の時、実家が博多になったことを公式ブログ(2010年3月18日付)で明かしています。

実家がどんどん変わっていくのは、新鮮さがあって良いかもしれませんね。

一方で、学生時代の引っ越しは苦労もあったのではと想像できます。

高良健吾さんは、婦人公論の対談(2019年4月15日付)の中で両親は8~9回ほど引っ越していると語っています。

旅行会社は様々な場所に支店がありますので、きっと転勤もそれだけ多いのでしょう。


高良健吾の性格は?家族との関わりから読み解く

高良健吾(こうらけんご)さんは、ちょっと照れ屋な好青年なイメージを持つ方は多いのではないでしょうか。

好青年のイメージを感じさせる動画を紹介します。

高良健吾さんは俳優の田原可南子さんと2024年10月4日に入籍してメディアの前で結婚報告をしました。

高良健吾は愛妻家?

2024年11月に開催された「ドモホルンリンクル」50周年記念POP-UPイベント「美活カフェ」再春館製薬所発表会で、結婚と妊娠報告を嬉しそうに話していたのが印象的です。

高良健吾さんは、この時にたびたび頬を赤くしながら報告していました。

可愛らしいところが、また魅力になって素敵でした。

男性で、こんなに感情を素直に出せる俳優さんも珍しいですよね。

なんだか純朴さもあって、とても感じが良い方だなと思いました。

奥様やお子さんをとても大事にしていそうですよね。

高良健吾さんの祖父はすごい?おじいちゃん子は本当?

2024年2月に映画『罪と悪』の公開記念舞台挨拶で、熊本に住んでいた祖父のことを話していました。

高良健吾さんの祖父は熊本に住まれていたのですが、90歳まで毎日走る習慣があったそうです。

とても丈夫でお元気な方だったのですね。

高良健吾さんも20年後は自分も走れるような健康な人でいたい、などと語っていました。

高良健吾さんは祖父と仲が良かったみたいです。

高良健吾さんは父親似でシャイなの?

しかしシネマトゥディのインタビュー記事(2012年2月7日付)では、父親との親子関係を明かしていました。

高良健吾さんは、ふだん照れくさくて、父親の目を見て感謝の言葉を言えないそうです。

照れ屋な一面があるのですね。

もしかしたら、父親も同じく照れ屋なのかもしれません。

高良健吾さんの家族は、みな温かくて照れ屋だけれどお互いを尊重しているような感じではないでしょうか。

とてもいい家族に囲まれてきたのでしょうね。


まとめ:高良健吾の生い立ち

高良健吾(こうらけんご)さんは、幼い頃は引っ込み思案だったそうです。

父親の度重なる転勤により引っ越しが多かったためだそうです。

小学校の時は福岡県内を転々としていました。

毎日新聞記事(2016年2月3日付)によると、小学5年生の時の学芸会では、セリフのない銅像を演じたほどだったそうです。

高良健吾さんがセリフのない役を好んだとは、びっくりです。

今、役者として、とても活躍しているので、いつから自分を表現できるようになったのか不思議ですね。

その後、高良健吾さんは中学2年生から高校まで熊本県で過ごすことになります。

そして、中学の時に出会った友人と出会ってから性格が明るくなったそうです。

高校時代にバイトした「タウン情報クマモト」のモデルをしていた時に、編集長が今の事務所を紹介してくれました。

もともと、いくつか将来の夢があり、俳優もその1つだったようですね。

夢を公言していたら、編集長が芸能界の事務所を紹介することに繋がりました。

やりたい事を周りに言うことって、大事なんですね。

17歳で俳優デビューし、高校時代は熊本と東京を行き来しながら活動しました。

高校卒業後は上京して本格的に芸能界入り。

高良健吾さんは実力派俳優として活躍しており、これから話題作にもたくさん出演していくのではないでしょうか。

ますます、俳優として成長していく未来が楽しみですね。

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